戦後の日本における社会問題の一つに公害があります。高度成長による経済発展の裏面で起こった空気や水、土壌の汚染などは、自然と人体に深刻な被害をもたらしました。よく「四大公害」といわれますが、戦後日本の公害は「全国化と日常化」(宮本憲一)といわれるように特定の地域に限ったものではありません。1960年代後半以降、各地で公害反対運動が起こり、国や企業を相手取った裁判闘争が展開されるなか、国も本格的な公害対策に乗り出しました。1967年に公害対策基本法が制定され、1971年には一元的な公害対策を実施するため官庁として環境庁が創設されました。それ以降、1990年代の地球「環境」問題への関心の高まりなどとも相俟って、メディアなどでの「公害」をめぐる報道や言説は次第に少なくなっていきましたが、一方でアスベスト被害や福島第一原発事故のように現在進行形の問題としても公害は厳然として存在しています。公害は決して終わっていないのです。
そのような公害とアーカイブズを結びつけるものとして公害資料館があります。1990年代以降、公害発生地域を中心に設立され、公害をふくめた地域の歴史にかんする展示や公害の語り部活動、あるいは公害関係資料の収集や保存などが取り組まれています。この公害関係資料――と一口に言っても、資料作成主体は被害者のみならず、行政、企業、地域住民、研究者など多岐にわたります。そうした膨大な資料をどのように収集・整理し、保存・公開するかといった、まさにアーカイブズ機能にかかる議論は実はそれほど蓄積が多くありません。戦後の公害から半世紀以上が経過し、公害をめぐる記憶や経験を伝える公害関係資料についての研究を深化させることは不可欠と考え、これまで公害資料館の活動に参画してきた学会員の林美帆さん(水島地域環境再生財団、現・岡山理科大学)、平野泉さん(立教大学共生社会研究センター)、清水(中央大学)の3名で新たに創設された学会SIGに申請し、2023年8月より公害アーカイブズ研究SIGを始めました。
この2年間、SIGでの取り組みは公害資料館ネットワークの活動と軌を一にしながら進めてきました(1)。公害資料館ネットワークは2013年に結成された公害資料館の連帯組織であり、ここでも公害関係資料をめぐる現場での課題や方法について議論しています。そこで、SIGメンバーも当該活動にかかわりながら、ネットワークのイベントである公害資料館連携フォーラムで企画と運営を担いました。2023年12月の「第9回公害資料館連携フォーラムin福島」、および2024年12月の「第10回公害資料館連携フォーラムin東京」がこれにあたり、基調報告やディスカッションを実施しました。これらの取り組みのなかで、各地の公害資料館における公害関係資料の収集や保存をめぐる課題が明らかになるとともに、それに対してどのように対処すべきかといった方法論をめぐる情報交換がなされました。その際、SIGメンバーを中心に、資料整理や公開、普及啓発活動などについてアーカイブズ学的な観点からさまざまな提案や議論ができたことは、ふだんアーカイブズ学に触れることのない方々にその知見を提供できた意味で非常に重要なことであったと思います。
公害アーカイブズに関する研究SIGは、メンバーの本務校における業務の多忙化などにより十分な研究の継続が見込めないことからいったん活動を終了することとしましたが、公害アーカイブズにかかわる課題がすべて解決したわけではもちろんありません。実務的には、多くの公害資料館においてアーキビストや学芸員といった専門職員が不在のなか、資料の収集や保存・公開といったアーカイブズ機能を基盤としつつ、どのように館を運営していくかという大きな問題があります。他方、学術的にも、アーカイブズとしての公害資料館の機能や特質をめぐる研究は重要な課題です。今後はSIGメンバーそれぞれが、本SIGで得た知識と経験を活かして研究を深め、学会をはじめとしてその成果を共有することが不可欠であると思いますが、会員の皆様にも、お住まいや職場の近く、あるいは旅先に公害資料館がありましたらぜひ足を運んでみていただければと思います(2)。アーカイブズ学研究者から多くの声が寄せられ、あるいは公害アーカイブズをめぐる議論が深められることで、公害資料館が社会にとって不可欠な存在として、より多くの人びとに認識され、そして活用されていくことでありましょう。
(1)公害資料館ネットワークについては、以下のウェブサイトを参照してください。https://kougai.info/
(2)先述した公害資料館ネットワークのウェブサイトには、加盟している公害資料館の一覧が掲載されていますのであわせてご覧ください。
文責:清水 善仁(公害アーカイブズに関する研究SIG幹事)