『公害の記憶をどう伝えるか―「公害アーカイブズ」の視点―』について

清水 善仁
はじめに
このたび2024年度の日本アーカイブズ学会出版助成に採択され、2025年9月に吉川弘文館より『公害の記憶をどう伝えるか―「公害アーカイブズ」の視点―』を刊行することができた。本件にかかわられた学会役員各位をはじめ、お世話になった皆様にまずは御礼申し上げたい。
本書は私にとって初めての単著であり、公害アーカイブズの問題に取り組みはじめてからちょうど10年という節目の年に刊行されたものでもあるので、思い入れのある著書となった。小稿ではこれまで本ブログに掲載された出版助成図書の文章にならい、本書の概要と執筆にあたって重視したことを紹介していきたい。小稿が多くの方に本書を知っていただく機会となれば筆者として望外の喜びである。
本書の概要
「はじめに―今なぜ「公害アーカイブズ」なのか―」では、「公害アーカイブズ」(本書のなかでは「公害資料」および「公害資料館」の意味でもちいている)に取り組む意義について、今日的な課題の視点からまとめて本書の導入とした。一方、研究史的な側面については、「第1章 「公害アーカイブズ」研究の射程」において、具体的な研究テーマなどもまじえつつ公害アーカイブズにかかる研究領域の射程を提示した。
第2章から第5章は、第1章で構造化した公害アーカイブズ研究の2分野、すなわち「公害資料論」(第2・3章)と「公害アーカイブズ・システム論」(第4・5章)にかかる個別の論考である。「第2章 近現代日本の公害史研究と公害資料」は、アーカイブズ学とも密接な関係を有する歴史学の視点から、近現代日本の公害史研究の歩みを振り返るとともに、そのなかで指摘された公害資料の問題についてこの間の言説を整理したものである。「第3章 公害の記憶・経験の継承と公害資料」は、現在残されている公害資料の現状について、都道府県レベルでの公文書館の所蔵資料調査によりその把握を試み、そこから看取できる論点について提示した。あわせて、そうした公害資料のアーカイブ化へのプロセス、すなわち収集・整理・保存・公開をめぐる方法について論じた。この箇所は、研究書としての性格を有する本書ではあるが、他方で実際に資料の整理・公開の作業をするにあたってのガイダンスとなるような内容も含めたつもりである。本書の記述はアーカイブ化へのプロセス全体を網羅するものとはなっていないが、註で紹介した諸文献とあわせて参照することで、アーカイブ化の方法や意義について理解を深めてもらうことができると考えている。
ついで、「公害アーカイブズ・システム論」にかかる論考である。「第4章 地域社会にとっての公害資料館」は、公害発生地域を中心に設立された公害資料館が、当該地域社会にとってどのような役割を果たす施設なのかを、公害資料館の有する機能とその意義の観点から論じている。また、そうした公害資料館は大学にも設置されていることから、「第5章 大学のなかの公害資料館―法政大学・環境アーカイブズを事例として―」では、私がかつて勤務した環境アーカイブズを事例に、実際の活動や所蔵資料を紹介しつつ、それをもとに大学における公害資料館の役割を検討したものである。私が勤務したのは2015~2020年までであり初出の論考はその時点までの成果をまとめたものだが、私が退職した後も活動の幅を拡げているので、できるだけ最新の状況にも目配りをしつつ、公害の記憶継承という点はもとより、大学という教育・研究機関にとっての公害資料館の意義や可能性についても論じたつもりである。こうした点に意識が向いたのは、私が以前から大学アーカイブズ研究に関心を寄せていることと無関係ではない。
あわせて、本書では4つのコラムを配した。「コラム1 公害資料館ネットワークと公害資料」「コラム2 公害資料の解釈をめぐって」「コラム3 「薬害資料館」設立の必要性」「コラム4 大学史資料のなかの公害資料」は、直前の章と関連するテーマを中心に、本文では十分に触れられなかった内容のものを記している。本文とは字体も変え、読みやすい形でまとめたものが多い。
以上をふまえ、さいごに「おわりに―「公害アーカイブズ」がもたらすものとは―」で本書全体の結論と今後の課題について述べている。
本書が重視したこと
つぎに、本書をまとめるにあたって特に重視したことを述べてみたい。その第一は、公害資料およびそうした資料を整理・保存・公開する公害資料館をめぐる諸問題を、アーカイブズ学の手法をもちいて論じることであった。本書が刊行される以前にも、さまざまな立場から公害資料や公害資料論にかかるすぐれた専論は発表されていたが、誤解を恐れずにいえば、いずれも個別事例研究を基盤とした議論にとどまっている感があり、そうした問題を「公害アーカイブズ」論として捉え、アーカイブズ学の立場から体系的に枠組みなどを構築する作業は決して十分ではなかったといえる。アーカイブズ学が蓄積してきた資源研究および管理研究の成果と方法を公害資料や公害資料館に当てはめ応用していくことで、「公害アーカイブズ」論として一つの分野を形成するとともに、他分野のアーカイブズ論との比較検討が可能となると考えた。例えば、本書でも取り上げた「困難な歴史」という観点に引き付ければ、「戦争アーカイブズ」論とは相互に示唆を受ける点が少なくないのではないだろうか。
本書がもう一つ重視したことは、〈現在進行形としての公害〉という視点とアーカイブズとのかかわりである。公害というと過去の事象として想起しがちであるが、今日公害研究においては、例えば東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故やアスベスト災害をも公害として位置づけている。むろん、高度成長期に現出した各種の公害についても、発生源は根絶されたとはいえ裁判や補償が続いているケースもある。そのような意味で、公害はいまだ現在進行形なのである。現在進行形の公害の記憶や経験を継承するためには、今このときに作成・管理されている資料を将来にむけて保存・公開するシステムづくりが不可欠である。とりわけ、個人や民間の資料は散逸しやすく、公的機関をはじめとしたアーカイブズによる収集の取り組みなどが重要となってくる。本書コラム3で指摘した「薬害資料館」もその一つであり、本書を通じてそうした認識を拡げることも特に意識したことである。
おわりに――「公害アーカイブズ」のこれから
本書刊行後、有り難いことに多くの方から感想や批評をいただいている。公害にかかわった企業にかんする資料の問題や、公害発生地域の「再生」と公害アーカイブズの関係など、本書で取り上げることのできなかった重要な点をいくつもご指摘いただいており、それらはいずれも今後取り組むべきテーマとなっている。そして近年、香害や化学物質過敏症が「新しい公害」として提起されるなど、今後新たな公害が生起する可能性をふまえると、公害をめぐる問題は過去・現在にとどまらず未来をも射程に入れなければならない。そのとき、公害アーカイブズがしっかりと機能していることは、そうした「新しい公害」への対処という意味でも不可欠なことといえる。かつて安藤正人氏は現代社会におけるアーカイブズの役割を「時空を超えて人をつなぐ架け橋」として表現したが(「アーカイブズ学の地平」、国文学研究資料館史料館編『アーカイブズの科学』上、2003年)、「公害アーカイブズ」もまたそうした存在たりうるために、今後とも学術的な立場からこのテーマに取り組んでいきたいと思っている。学会員の皆様のご批判ご叱正を切に乞う次第である。
《著者プロフィール》
中央大学文学部准教授。博士(史学)。
1979年、神奈川県生まれ。2006年、中央大学大学院文学研究科日本史学専攻博士後期課程単位取得退学。その後、京都大学大学文書館、国文学研究資料館、神奈川県立公文書館、法政大学大原社会問題研究所を経て、2020年より現職。